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工芸キモノ 野口

40年前、呉服の世界に飛び込んだ私を迎えて下さり、数年の間修業させて頂いたのが「工芸キモノ 野口」です。先輩に連れられ、毎朝百貨店に御用聞きにお伺いしていたのが、昨日の事の様に思いだされます。
この40年で呉服業界は大きく変わり、今も変遷のさなかにあるように思います。しかし今も昔も、野口の創るきものは古典を踏まえながらも、時代の荒波を乗り越える新しい力を持っているように思うのです。
今回は野口展開催にあたり、改めて野口の染めの魅力、そしてそれを支える職人の方々の元へ伺い勉強をさせて頂きました。

工芸キモノ 野口とは

糊糸目訪問着

享保18年(1733年)初代 金谷安部兵衛が京・油小路四条上ルにて呉服商を創業します。それから280年…当代で8代目を迎えた長い時間を染めひと筋に歩んできた京友禅の老舗、それが「野口」です。

現在の野口では型友禅、糸目友禅、絞り、刺繍などの技法を主としたモノづくりを行っています。昔ながらの手仕事と野口の培ってきた感性。この二つが上手く混ざりあうことで、独特の意匠と色が生まれます。

糸目友禅

京都市内、閑静な住宅地の一角にある友禅職人の方の工房に伺いました。京都らしい、やや縦長の建物の2階に上がると、反物が部屋いっぱいに張られています。こちらの工房では主に訪問着や付下等を制作する技法“糸目友禅”の色挿し(彩色)が行われています。

「染をはじめてですか…?もう50年以上になりますね。実家が染屋でしたから、幼い頃から手伝ってきました。最初はゴム糊がわりと簡単な仕事だったので、それを小遣いほしさに手伝っていましたね(笑)それでまぁ友禅の他にも、ダンマルや金彩とか色んな仕事をさせてもらいました。どんな仕事も手を抜かない事。そんな風に思って続けていたら50年以上経っていました(笑) 」

染料を乾かすための電熱器をあてながら、「すっすっ」と大小様々な筆で生地に色を挿していきます。脇におかれた色見本と仕上がりのイメージ画を確認しながら、染料と生地の間を筆が行き来します。

「私らの仕事はほんとうに“経験”と“感覚”が大切なんです。色にしても挿した時と、蒸し(色の定着の為の工程)の後では違いますし。問屋さんによってそれぞれの好みもありますし。そして何よりこの仕事が好きじゃないと出来ません。あと何年できるか分かりませんけど、出来るだけ続けていきたいですね。」

「野口と言えば小紋」

「野口と言えば小紋」そういわれるほど、野口の型友禅には定評があります。

型友禅は使用する色の数だけ型紙を彫り、色を重ねながら染めていく技法です。最盛期には数十枚もの型紙を使用した大変に凝ったものや、一つの柄に数百反物もの追加注文がつく程の人気を博した野口の小紋。

現在ではこの型友禅に、手挿しによる彩色や染疋田など様々な技法を組み合わせて、新しい型友禅の魅力を探求しています。

染疋田

次にお伺いしたのが“染疋田(そめひった)”と呼ばれる工程を行う職人さんの工房です。染疋田とは絞りの模様を、染で表現したもので、野口の訪問着や小紋等には欠かせない技法です。

「一言で染疋田と言っても、筆で直接描く『描き疋田』や、型を使って染める『摺り疋田』など色々あるんです。摺り疋田の場合でも、一枚の型で染めるものから、数枚の型を重ねて染めるものまで色々です。」

そういって生地にあてた型紙の上を、染料を付けた丸刷毛が素早く上下左右に動くと柔らかな疋田の模様が現れます。

「あと私が拘っているのは“目消し”です。これは疋田の端の部分、つまり柄で途切れる疋田の部分を塗りつぶす作業です。こうする事で、より本物の絞りに近づく事ができます。あと葉っぱには葉脈のような絞りの谷を付けたりね。なかなかそこまで見てもらえる事は少ないけど、凝り性なんです。自己満足かもしれませんね(笑)」

刺繍・絞り・辻ヶ花

明治初年に移築された旧野口家本宅には、歴代の当主が蒐集した希少な小袖や裂地などが多く保存されています。

それらをモチーフに、絞りや辻ヶ花染め、刺繍などの技法を用いた染めも行われています。

野口らしさ

旧野口家本宅 奥庭

野口の染めには一目でそれとわかる、“らしさ”がある様に思います。これは現在の京友禅では非常に稀な事です。小袖や時代裂からただ柄を写すだけでは、きっとこの“らしさ”は得られないものです。
その柄のもつ本質や良さを見極めた上で、現代の感覚と培ってきた感性を加え表現する事。そして古典だけに縛られず、絶えず新しいデザインに挑戦し続ける事。この二つが揃って初めてそれは生まれるのではないでしょうか。

280余年もの間支持され続ける野口の染め。きっとこれからも“野口らしい”素敵な染めを創り続けてくれるはずです。